そして翌朝…
「行くのか。」
「えぇ。」
「たまにはフィガロに来いよな。」
「待ってるわ。」
「ありがとう。」
そんなやりとりをして、私達はアルブルグを後にした。



船の上、二人で手摺につかまって青い海を見た。
時期が時期なだけに、人は少ない。商人は商船を使うから、連絡船を使う人なんて殆んどいない。
「どうしようかな…。」
波を見ながら溜め息をつくあなた。
「これから…」
『どうする?』
同時にお互いを見て、何だか笑いが込み上げる。
「君にとって、僕って何だい?」
「あなたにとって、私って何よ?」
『……大事な…。』
綺麗にハモった。
「真似するなよ。」
「そっちこそ。」
『…。』
しばらく沈黙が降りる。
「どうしようもないわね、本当に。」
私達、どうすればいいなかしら…。
「あー‥そのー‥結婚する?」
なんちゃって…と小さく付け加えるあなたに、私は鼻を鳴らした。
「びっくりさせないでよ。」
「だよなぁ…。僕とじゃ年が全然違うし。」
「と、年なんか関係無いわ。」
「じゃあ…何?」
じっと見つめられて、私は顔が熱るのを嫌というほど感じた。
「あなたには…私じゃ役不足だわ。」
「役不足?」
「私はいつもあなたに助けられてばかりで、あなたの望んだ事もやれてないし…」
殺せって言われたのに三回も失敗してしまったし…。
結果的にあなたが生きているのはとっても嬉しいんだけど…。
「助けられたのは僕の方だよ。セリスはいつも僕を助けてくれた。
僕にとっては本当にかけがえのない存在、なんだ、から…。」
最後の方は声が小さくなっていった。
「…何よう、照れるじゃないの…。」
本当に、照れるじゃないの。ハッキリ言ってあなたに誉められるのは何よりも嬉しかったわよ…昔から。
手摺に手を乗せ、波を見つめたままで言葉が続く。
「自分なりに、考えてみたんだ。僕は塔から出た。それは、自分のためじゃないと思ってる。
じゃあ、どうして出たと思う?」
「…。」
それは…
「君と行こうと思った。君と生きたいと思った。これはケジメみたいなものだと思う。
ゴールじゃないんだよ。だから、その…もし、迷惑でなければ…」
やっぱり語尾は小さくなっていく。
「…やっぱり、うん、お願いします。」
私の方を向き、深々と頭を下げるあなた。
頭を上げ、何やら必死な目で私を見ている様子はどこか可愛い。
「仕方ないなぁ…。」
苦笑して両手をあなたの頬に当てる。
「喜んでお受けするわ。」
ふいっと一瞬近付いてから背を向けた。
「港に着くまで休んでくるわね。」
船内に続く扉を開けつつチラリと様子をうかがうと、
驚いて口許を押さえていたあなたの顔に笑顔が広がっていくのが見えた。
「セリス!」
駆けてくるあなたに気付いて慌てて船室に入り、ベッドに飛び込んでシーツを被る。
「な、何よ、私は寝るのっ。邪魔したらすっごく怒るわよっ。」
頭からシーツを被り、しっかりくるまった。顔なんて、見せるもんですか。…こんな顔。
「もう、独りじゃないな。」
ベッドサイドに立ったあなたの言葉で、私は隙間から様子を伺った。
「…うん。」
「約束。」
差し出された小指に、右腕だけ出して小指を絡めた。
幼稚だけど、これが一番“約束”な気がする。
「…約束。」
二、三回振って小指を放す。それからまた急いでくるまる。
「オヤスミ。」
頭に手が乗って、すぐに離れた。扉が閉まる音を確認して、私は特大の溜め息をつく。
なんだか泣きたくなってきた。
今日は…人生で一番、恥ずかしい日…かもしれない。



Fin.


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